「ん……」 気怠そうにベッドに横たわっている鳴美は、額にうっすら汗を浮かべながら、頭痛を耐えていた。 元々身体は丈夫なわけではないが、こんな炎天下の続く季節に風邪をひいて寝込んだことはなかった。 風邪をひくことすら久し振りだったし、最近不摂生な生活だったかと言われても、そんな生活していない。 飛鳥は毎日美味しい食事を作ってくれるし、元々小食で食欲をなくしがちな鳴美が夏ばてもせずに元気に過ごしているのはそのおかげだろう。 が、今回は本当に疲れからか何なのか、風邪をひいてしまった。 飛鳥に体調不良を伝えてもらい、仕事は休むことにしていた。 毎日元気に挨拶をしてくれる自分の生徒達には申し訳なかったが、無理に仕事をしに行って倒れても申し訳ないし、伝染してしまったらば元も子もない。 飛鳥は心配そうにしながらも、鳴美に言われて渋々学校へと向かった。 朝から、どれくらいの時間がたったのだろうか。物音で目が覚めた。 まだ窓の外は明るいが、ずっとベッドに横になっていたせいで時間感覚が狂っているらしく今現在の時刻が分からない。 「鳴美……、大丈夫か?」 いつの間に部屋に入ってきたのか、飛鳥がベッドの端にそっと座る。その心遣いも、いつもより丁寧で嬉しい。 「ん……、飛鳥……?」 うっすらと目を開けると、心配そうに見つめてくる飛鳥の顔が見えた。 頬をそっとさすってくれるその手のひんやりとした感覚が、何とも言えず気持ちいい。 「顔色が悪いな……。まだ熱も下がってないみたいだ」 気怠く、応える気も起きずに、鳴美は飛鳥のかけてくれる優しい声音に浸っていた。 しかし……、まだ陽は高いように思う。仕事はどうしたのだろう。 「飛、鳥……・、仕事は……?」 「ん、大きな仕事もないし、早退してきた。 今何時か分かってるか? もう午後の2時だぞ?」 そう言いながら、鳴美のふわふわとした髪ごと、頭をそっと撫でた。 まだガンガンと打ち付けるように頭は痛かったが、飛鳥の手はひんやりとしていて優しく、痛みもひいたように思えた。 「あ……」 その心地よさに思わず掠れた声を漏らす。 「悪い、まだ頭痛いんだったな。 触って悪い」 飛鳥は、鳴美の声を苦痛からのものだと勘違いしてしまったようだ。 手を離してしまった飛鳥を、物欲しげな瞳で見つめる鳴美のその瞳は熱を持っているせいか潤み、儚げに揺れている。 鳴美の吐息も、また熱を孕んで心なしか甘く荒い。 (おっと……、いけね) しかし、飛鳥は自分の理性に鞭をうって、自分の中で大きさを増し始めた熱をどうにか押さえつける。 「何か、食べた方が良い。 せっかく買ってきた薬も飲めないしな」 「……、わかった。 ごめん、何か……、作ってもらえないか?」 身体を起こさぬ体勢のままなので必然的に飛鳥を見上げる状況となる。 (う、上目使い……) 飛鳥は、ああ、と鳴美の問いに二つ返事をかえしながら、本心では、鳴美の無防備な姿に焦り始めていた。 「じゃあ、お粥……」 「うん、じゃ作るから。 その間に、キツイとは思うけど、新しい服に着替えといて? 汗、かいてるみたいだから」 「わかった」 飛鳥は、鳴美の飛鳥へ物欲しげにのばされた手をそっとさすってから、ベッドを離れると、着替えを出してベッド脇のサイドボードに置いていった。 「あ、そう言えば……」 飛鳥は、鳴美の寝る部屋から出て来て、お粥を作るために米を計ったところで、気が付いた。 鳴美は長時間寝ていたようだが、水分をしっかり取っていたのか、と。 結局、コップに冷蔵庫にあったスポーツドリンクを注ぎ、鳴美に持っていくことにした。 「鳴美、これ、飲むだけ飲んで……」 言いながら飛鳥は鳴美の居る部屋の扉を開けながらコップを慎重に運ぼうと下げていた目線を上に上げた。 「あぁ、飛鳥……」 飛鳥の目線の先には、気怠げに着替えをしている鳴美の姿。 鳴美は、ベッドの横に立ち着ていた上着を脱いでいて、肩から背中の真ん中程までは、こちらに向いていた。 薄目のカーテンを通り抜けてくる昼下がりの柔らかい光は、鳴美の白い素肌をそっと照らし、美しさを引き出していた。 「飲むもの、もってきてくれたのか。 ……悪い」 鳴美は、脱いだものを腕に持ちながら、飛鳥の方へ歩いてきた。 飛鳥は鳴美に見とれていた我を何とか取り戻し、鳴美に優しくコップを渡した。 鳴美は、コップを受け取った。 喉が渇いていたらしく、喉を鳴らしながら一気にスポーツドリンクを飲みほすと、ありがとう、と言って飛鳥にコップをかえした。 そしてまた着替えを続けようとベッドの方へと音も立てず歩いてゆく。 また飛鳥の眼前に晒された肌は、しろくて、きれいで、すべすべしていて。 ごくり、と。 飛鳥は、生唾を飲んだ。 「……飛、鳥?」 飛鳥のおかしい様子を感じ取り、鳴美は訝しげな声で、背中越しに飛鳥に問いかけた。 飛鳥はサイドボードに空いたコップを置くと、声に誘われるように鳴美に近づいた。 (しろいはだに、ういたほね。ほねのかたち。なるみをかたちづくる―――) 惹かれるようにして、鳴美の背中、肩甲骨に、そっと手をおいた。 「飛鳥……?」 鳴美は流石におかしく思い、飛鳥に問いかけるが、飛鳥は黙ったまま。 肩甲骨に置かれた骨張った五本の指は、そのまま、背骨の上に滑って、鳴美の履いている下着のところで、丁度ひっかかった。 「ちょ、」 鳴美が言う間もなく、飛鳥はするりと目の前にある細腰に腕をまわした。 びくり、と揺れた鳴美の身体。腕からは、着ていた洋服がするりと落ち、ぱさり、と小さな音を立てた。 後ろからぎゅ、と力を込めれば、熱を持って力の上手く入っていない鳴美の身体は、飛鳥の腕に絡め取られ、体重を飛鳥にもたれさせる。 「あす、か」 「……、鳴美……」 飛鳥は腕の中で器用に鳴美の身体をくるり、と回転させた。 鳴美の顔が目の前に来る。 「な、飛鳥……、さ、む……い、」 鳴美は頬の染まった顔をそっと俯け、飛鳥の胸板をシャツ越しに押し返して腕から逃れようとする。 が、飛鳥の腕はますます力が入り、鳴美を離そうとしない。 「なる、」 「や、だ。 ……熱が、あるんだよ……」 飛鳥は口づけようとするが、鳴美は飛鳥の意図に気付き、それを避ける。 「別に、いいだろ?」 「駄目。だって、飛鳥に熱伝染したく、ない……」 ほのかに潤んだ瞳で、飛鳥にそう告げる。その様子に飛鳥はますます欲情を募らせた。 (もう、無理だわ……) 「やっ…」 とす、とそっと鳴美を押したつもりが、熱をだしている鳴美の身体にはそれなりの衝撃だったようだ。 一瞬苦痛に歪んだ顔を見せるが、腕を弱々しく伸ばしてすぐに真上にある飛鳥の顔を押しのけようとする。 飛鳥はその腕をとると、鳴美の顔の横両側にそれぞれ押しつけ拘束した。 必然的に鳴美と飛鳥の視線が、交錯した。 「…………」 そっと重たい瞼を開けると、眼鏡のない飛鳥の端正な顔立ちが視界に見えてくる。 その糸を纏わない腕は、自分の素肌に重ねられている。 (風邪、だから、嫌だって言ったのに……) まったくこいつは、と思いかけて、自分も結局流されてしまったことに落ち込む。 まだ頭はがんがんと悲鳴を上げていて、喉も風邪と、先程のせいでじんじんとして炎症みたいだ。 「なる……、」 いきなり聞こえた声にびく、と体を震わせた。 しかし、吐息と共にきこえた自分の名前は、どうやら寝言だったらしい。 こんなにも、このひとに愛されて。 自分は何にも返してあげられない。 眠り続ける飛鳥を見て、なんてきれいだろうと思った。 もしもたったひとつ、どんな願いでも叶うというのなら。 おれは、飛鳥とたった二人、二人以外になにもない世界に生きたいと思った。 周りを気にしなくても良い。たった二人、居られる世界がほしい。 だって、あまりにも飛鳥が綺麗で。 俺は、飛鳥以外に。 俺を愛してくれるたった一人のこの人以外に、いらないとおもってしまったんだ。 「っ……」 浅はかに浮かび上がった自分のもつ穢ない思いを、抑えることも、かなえることも、どうすることも出来ないのだ。 せつない。こんなにもすきなのに。素直になれないだけで、こんなにも損している。 本当だったら幸せになれる分、損しているんだ。 素直になればいいのに。 「ふっ、……ぁ……」 嗚咽を隠すこともできない。みっともなく、涙を零す。 「なるみ……?」 俺の素肌にのっかっていた手が、する、と俺の顔、頬へと伝ってきた。 今度はたしかに意志を感じる声だ。 「泣いてるのか……?」 まだ眠気のある声でそう囁いた飛鳥は、鳴美を寝起きと思えない力で抱き寄せた。 飛鳥の胸板に自然と顔が押しつけられ、その体温に安堵する。 「ばか、俺のいないときに、泣くな」 飛鳥は鳴美のふわふわとした髪に頬をすりよせ、甘たるく声を吐き出す。 「ごめん、熱あるのに、無茶させた……」 飛鳥が小さく言えば、ふるふると鳴美は首を振った。 「だい、じょぶ……」 飛鳥の胸元で、微かに呟くその声は聞き取りにくかったがたしかに飛鳥の耳に届いた。 「ん、そっか……」 飛鳥がそう答え、ますます身を縮める。鳴美が流石に身動いだが、それでも抜け出すことなく収まっている。 まるで、自分の居場所を見つけたかのように。 「もう、すこし……」 「ん?」 「もう、すこし、二人で寝よう……」 「…………ん、そうだな」 か細く請う飛鳥は目を細め、胸にあるこの愛し子を大切にしようと、まだ熱を持つ細い身体を抱きしめ、そう思った。 (たったひとつのねがいだけでも おれはかなえてやれないけれど それでも) ねがわくば、もうこのこが、かなしんだりすることのありませんように fin.タイトルの英文法は間違いを気にせずつけたので信じないでください 人称入り乱れまくりw 気がむいたら裏入りも作る予定