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武瑠が出ていったあとも談笑を続けていた寛貴達のもとに、漸く黒矢が現れた。
「黒矢、準備出来たのか?」
「ごめん、待たせちゃって……」
黒矢がソファから立ち上がった寛貴に頭を下げた。
ごめん、と繰り替えす黒矢だが、内心、これからのお泊まりが楽しみでうきうき気分は現在最高潮。
自然と顔にも笑みがこぼれている。
「ま、俺もこんな機会じゃないとさくらさんや、おかあさんとも話す機会が無かったしな」
「じゃ、結果オーライ、ってことでv」
舌を出して生意気そうに小首を傾げた黒矢だったが、まったく……、と苦笑する寛貴に呆れられた。

「じゃあ、行って来ます」
「寛貴くんに迷惑かけないでよ?」
「大丈夫ですよ。 黒矢の面倒はしっかり見ますから」
子供扱いすんなよ、と、黒矢が寛貴をこづく。
外まで出て送ろうとする姉と母に寒いから、と遠慮してもらい、家の中へ押し込んだ。
黒矢は重そうなスポーツバッグを抱えていた。
二人で静かな住宅街を歩いていく。
「重そうだな……。 持とうか? 寒くないか?」
「ん、大丈夫だよ……」
時々少し会話をしては、また歩き続けて。
黒矢の家は閑静な住宅街に在るのだが、寛貴の家は、どちらかと言えば市街地方面にある。
ちなみに水華学園は市街地でも端の方で、最寄りの大きな駅の反対側にある。
寛貴の家までは、バスを使っていくことにしていた。バス停について暫くすれば、バスがやってきた。
黒矢の家の近くのバス停から乗るバスは、夕方の買い物に出る中年主婦の足になっているほか、
私立に通う小学生の帰宅にも使われているようだ。
一番後ろの席に二人並んで座れば、中はそれなりに静かなバスに緩く揺られて、眠気に襲われる。
「寝るなよ? おい、黒矢……」
「ん……」
周りの人間に気を遣って小声で話しかけてくる寛貴の声が、耳に甘く痺れた空気の振動となって伝わり、良い睡眠誘導剤になる。
「……」
たまに、がたん、と少し揺れるバスの揺れが、すっかり寝付いてしまった黒矢の頭を、寛貴の肩へ持ってゆく。
家への道のりの半分をバスが走った頃には、黒矢は身体ごと傾き、その体重を寛貴に預けていた。
(どうしろってんだ……。”据え膳食わぬは男の恥”って言いはするが……。襲えるわけねえだろ、こんなところで……)

「可愛い、っつの……」

茜色の夕方の光がバスの車内に差し込む中、幸せそうな顔をして寝ている黒矢を起こせるわけはなく。
寛貴はしばらくの間、自分の理性との闘いを強いられたのだった。


「お邪魔しまーすっ!」
暗かった部屋に電気が付けられる。
一人で住むには大きすぎる部屋は家具がシンプルなものばかり並んでいて、無駄をあまり好まない寛貴らしい部屋になっている。
バスで寝てしまった黒矢はすっかり目が覚めたようで、今では元気はつらつとしていた。
「ね、何か、手伝うこと無い?」
リビングに荷物を置くとすぐに寛貴に詰め寄る黒矢。
長く滞在するのだから奥さん体験してきなさい、と冗談交じりにさくらが言ったのを黒矢は真に受けていたらしい。
「ふふっ……、どうしたんだ? 急にそんなこと言って……」
「な、何でもないよっ! とにかく、なんかしたいの!」
流石に寛貴に向かって「寛貴の奥さんしたいの!」なんて言えるわけはないので取りあえず誤魔化した。
更にせがんでなにかさせて、と要求した。
「ん〜、そうだな……」
寛貴は何かすることを探すが、黒矢を迎えに行く前に掃除はしてしまった。食器だって洗ってある。
「じゃあ、ベランダに干してある洗濯物取り込んで、たたんでくれるか?」
「わかった!」
聞いた途端にとたとたと歩いていってリビングからベランダへと出る。
寛貴の部屋は最上階ではないから一面テラス、なんてことは無いけれど、それでも階の端の部屋なので、
その分下の階の端部屋の上に作られたベランダ分は他の部屋よりも広く作られている。
友達を呼んでホームパーティを開くには丁度良いくらいの広さかもしれない。
時間はもう5時を過ぎている。もういい時間なので周りの空は橙色と言うよりは深い群青色をしていた。
寛貴の服を取り込んでぱっぱと中にはいると、寛貴はキッチンでなにかしている。
キッチンはリビングから見えるダイニングキッチンなので、いちいち移動しなくても良い。
リビングから覗き込むと、寛貴は野菜を切っている。
「寛貴、料理得意?」
「ん、得意って程でもねぇけど……、まぁ一人で暮らしてると嫌でも作らなくちゃいけないしな」
「ふぅん……。で、今は何作ってるの?」
「今日は、オムライスと、何かスープとサラダでも作ろうかと思っててな」
聞いた途端、急に黒矢の目がキラキラと輝いた。
「オムライス、つくってくれんの!?」
「……あぁ。どうした?」
ぎゅうっと溜めた後、黒矢は満面の笑みを浮かべて。
「オムライス、大ッ好き!やった!」
(やっぱりちょっと子供趣味な夕食にしておいてよかった……)
寛貴は、キッチンの窓を離れてリビングでぴょんぴょんと跳んで喜ぶ黒矢を見て思った。