「ぅっ……ぅぅ……」 「先生……。お願いします」 部活動の時間、呆れ気味の顔をした寛貴が嗚咽をあげる黒矢をおぶってきた。 マエストロとピアニスト 俺の名は小早川飛鳥。 この水華学園の保健室の常勤保険医として、働いている。 普段は眼鏡を掛け、適当な感じで白衣を纏い、まぁ、それなりに仕事はこなしている。 デスクワークはもちろん、校内で怪我をしてしまった生徒の処置も、俺が担当していた。 ここだけの話、俺は同じ高等部に勤める音楽教師の三船鳴美と、まぁ、そう言う仲だったりする。 今日も一日大きな事故や、大けがをした生徒もおらず、平和だった。 部活動の時間帯も半分を過ぎようかと言う頃。この時間が終わり、デスクワークを片づけたら、職員室へ向かい、 一日の怪我人や、病人等を教務の先生に報告をして、その後は鳴美を迎えに音楽準備室へ。 日も沈む頃に、二人で共に住む家に帰る。これが、お決まりのパターンだ。 しかし。 今日は、最後の最後に大きなのがキた。 今、ここに来たのは岡波黒矢。1年生の男子バスケ部員だ。しかし、背は165cmと、バスケをやっているにしては少し小さい。 どうやら、練習中に、得意のアクロバットの新技を試そうとしたところ、部員と接触して背中から落下したらしい。 おかげで背中が痛い、ついでに頭も打った、ということだ。 いつもの寛貴なら強烈に心配するものだが、今日は怪我がそんなに酷くないと分かっていたせいか半ばあきれ顔だった。 「まったく……。じゃ、部活終わる頃に迎えにくっから、な?」 黒矢はまだ泣きべそをかいたままの顔でこっくりと、ゆっくり頷いた。 それを見て安心した様子の寛貴は、俺に軽く会釈をして保健室を出ていった。 ところで余談だが、寛貴は最近、やっと16歳になったとかで、バイクの免許を取得したらしい。 高校生は普通、バイクの免許取得を学校から禁止されているものらしいが、水華学園は金持ちの子息子女ばかりが集まっており、 そのこともあるせいか、校外のことは原則、学園が干渉しない事になっているので、まぁそこは気にしないで頂けるとありがたい。 閑話休題。 ジャージの上着を脱いで背を向けた黒矢に、湿布を貼ってやりながら話を聞いたところ。 最近は生徒会役員になって忙しくなり、なかなか部活に出られなかった寛貴が久し振りに一緒に部活に参加出来るのが嬉しくて、 思わず調子にのってしまったのだそうだ。 まぁ、今日の所は、調子にのってしまった、と自負しているようなので軽く注意だけにしておく。 「まったく。誰でも失敗はするんだから、もっと落ち着いて行動しろ、な?」 「はい……。ごめんなさい」 随分反省した様子だ。こりゃ、玉田にもこってりと叱られたのか? 「謝るなら、玉田にも謝りなさい。……まぁ、血がでる怪我でないだけ、まだ精神的には楽かな」 ただし、血が出るような怪我ではないものの、背中にはいくつか内出血の青痣がすでに出来つつある。 試しにその箇所を少し押してやると、「いだいっ!」と黒矢は大袈裟な声を上げた。 また泣きべそをかきだしたので、とりあえず宥めておく。 背中の他にも頭を打った、と言うことだったが、軽く歩かせても普通だし、幸い脳しんとうを起こしている様子でもない。 だが、こういう怪我は後が怖い。 処置を施しておくに越したことはないので、冷却用のパックを手渡し、大事を取ってベッドに寝かせておくことにした。 「一応、寝かせておくだけだからな。そのまま寝るなよ? 玉田も終わった頃に来る、っていってたしな。」 「はぁい。……でも、先生。結構暇ですよぅ。何もすることないですし」 ベッドに大人しく入ったと思ったら、今度は黒矢がぶぅぶぅと文句を垂らした。 「頼むからその歳になって5歳児に退化しないでくれよ〜……」 「だって、暇なものは暇です」 枕に冷却パックを置き、後頭部に当たるように試しながら、黒矢が言った。 「んじゃぁ……俺と、鳴美の話、してやるよ。聞きたいこと、聞いて良いぞ?」 ベッドの端に腰掛けると、俺は不敵な笑みを黒矢に見せた。![]()