「ほ、本当ですか!?」
いきなり目をきらきらと輝かせて黒矢が言った。
鳴美に止められているせいで、なかなか生徒には話しをしてやれなかったし、良い機会だと思った。
(実際の所、俺が鳴美自慢をしたいだけかもしれないが。)
「あぁ、応えられる範囲の事で良かったら、教えてやるよ?」
言うと、黒矢は何から聞こう、と、むむっとした表情で考え始めた。
「何を聞こうかな……、鳴美先生が教えてくれないこと聞いた方が得するし……」
(”得”とか考えている辺り、随分と寛貴の黒いずる賢さに感化されてんのかな、こいつ……)
黒矢の独り言にちょっとばかりがっくりと肩を落として苦笑いした飛鳥だが、黒矢の必死な様子に、
やっぱりまだまだ子供(ガキ)だ、と再度感想を持った。

「はい先生!」
途端、びし!と黒矢が手を挙げた。
「はい、岡波黒矢くん。どうぞ」
小学校の教諭気分で発言権を与えてやる。
「飛鳥先生と鳴美先生はいつから知り合いなんですか、で、いつから付き合ってるんですか」
それなりに大きな声で発言するものだから、つい、部屋の外に黒矢の声が漏れていないか心配になった。
校内での鳴美と飛鳥は、一応元々知りあい(流石に同級生とは言っていない)同士、ということで通しているからだ。
学校内で男同士、ましてや同じ学校内の教師同士で恋人なんて、普通はそうそう大手を振って言えるわけがない。
今のところそれを知っているのは、寛貴、黒矢くらいなものだ。本当に、それだけ。(あえて、今のところは、と言っておく。)
ところで、黒矢はさっき独り言のなかで、「鳴美が教えてくれないこと」と言った。
「ん……? ……つまり、だ。鳴美は、それすらも教えてくれないのか?」
思案した飛鳥が確認の意を込めながら聞けば、黒矢は元々きゅるんとした目を、更にくりくりと動かし、首を傾げた。
「……だって、先生。 鳴美先生はね……?」


「鳴美せんせーっ! 飛鳥先生と……」
「お、おおお、岡波っ!!! 頼むからっ……、その話題だけはっ……!! 
 あ、ああ、悪い、先生、しょ、書類忘れたから取りに行ってくるなっ!?」
「あぅ! 先生ってばぁ!!」


「……って。 飛鳥先生の名前出すとすぐに、逃げちゃうんですよ?? それも、いつもはのんびり歩いてる人なのに、
あり得ないくらい早足だし、いつもは冷静に淡々と喋るのに、ちょっとだけだけど、声を荒げるんですから」
黒矢は、その時の様子を困ったような表情で飛鳥に伝えると、はぁ、とため息をついた。
「くくっ……。 そっか、そうだよなぁ。 ごめんなー? 鳴美、そう言うところはものすっごい、意地っ張りと言うか、
 恥ずかしがり屋というか……」
「へぇ、そうなんですかぁ。いっつも顔を真っ赤にして逃げていくから、授業中とかの先生とは大違いだな、と思ってて……」
俺は、それを聞いた途端、もう含み笑いが止まらなくなった。愛しい我が恋人に、そんなにも可愛らしい一面があったとは。
俺と一緒にいるときも、たしかに二面性のある、よく言うツンデレ、と言われる類だとは思っていたが。
愛おしい、鳴美の存在。美しくも感じる彼に出会ったのは、あの時―――。

「俺と鳴美が逢ったのは、高1ん時だった。あの時、鳴美は、自分から関わりっていうものを避けてた」
俺が、声のトーンを下げて少し真剣な面もちで話し始めると、黒矢も、また少し真剣に耳を傾けた。
「俺も鳴美も、初等部からずっと水華学園にいたんだよ。でも、9年間接点が何もなくてさ。初めて、高等部で同じクラスになったんだ。
 ……俺の、一目惚れでさ」
黒矢はそれを聞いて一瞬驚いたような表情をした。
「冬に、校内での合唱コンクールがあって、そんとき指揮者と伴奏者でタッグを組んだんだ」
んで、その演奏に一目惚れだったわけ、と俺は、懐かしんで言い続ける。
「馬鹿みたいに好きだ、って言い続けて、毎日鳴美が音楽室でピアノ弾くの聞いてから部活に行って、
 寒い部活中も、暇さえあれば微かに聞こえてくるピアノを聞いて」
俺は、伏し目がちに、懐かしみながら続ける。
「で、俺の言葉を本気と受け取ってくれなかった鳴美の為に、お前のために努力して、春の大会で優勝するから、
そしたら一回考えてみて、って言って」
んで、本当に優勝出来たんだよな、と笑う俺。
「すごいです。好きな人のために、そうやって、行動を起こして、結果も残せて。……俺は、寛貴の役に立てない。いっつも迷惑ばかりだし……」
聞いた黒矢が顔を背けて切なくそう言うのに、俺は横に首を振ってこうかえした。
「違う。……きっと、迷惑とかそんなこと思ってないさ。多分な、お前と同じだ。玉田も自分が黒矢の傍にいていいのか、って思ってると思う。」
黒矢は、え……、と俺の方を向き直った。俺は、優しく言い聞かせるように続けた。
「実際、俺だってつきあい始めた頃不安でそう思ってた。でもな、鳴美も、不安だったんだって。あとで、そう気付いた。」
「先生……」
戸惑ったままの黒矢の声を聞いて、不安に思っていた頃を思い出す。
たしかに、俺はつきあい始めた頃、焦ってはいけないとおかしなところで考え込み、鳴美を抱くことが出来ずにいた。
だが、鳴美は初めての出来事に戸惑いながらも受け入れ、きちんと課程まで理解し、俺が鳴美を抱くのを待っていたのだ。
それを知ったとき、どんなに鳴美が愛おしく感じたことか。自分の一番大切に思う人と、想いが通じていたという事実。
あんなにも、盲目な想いに駆られたことはなかった。
「今、俺は大人って呼ばれる年齢になったけど、別に、間違いを犯さないってわけじゃない。それは、鳴美だって一緒だよ」
思ったこと、あのとき感じたことを何もかもそのままに話していく。

「だから、怖がらずに、お前は、今の自分の思いを受け入れて良いんだよ。全部、今のお前の思ったことだ」

見れば、黒矢の大きな瞳はうるうると、涙が溜まっている。
「馬鹿、俺の前で泣いても、俺は拭ってやれないぞ。そんなことしたら、玉田に何されるか」
「はい……」
ぐす、と鼻を鳴らして、黒矢は、自分の手で、溜まってしまった涙を拭う。
そして、ベッドに沈んでいた身体を起こす。
元々、あまり痛みもなかったせいか、もうすっかり回復したらしい。
「俺、まだまだ頑張らなきゃですね」
はにかんでそう言った黒矢に、俺もまた笑みをかえしてやる。
「あんまり頑張りすぎるのも、駄目なんだぞ?」
そう言えば、二人して、笑った。