「黒矢! 起きなさい!」
ふぇ…と間抜けな声を出して、騒がしくなった教室の端で黒矢は目を覚ました。



好きを、聞かせて




秋。11月の頭。

水華学園。国内屈指の学力を誇る、超お嬢様・お坊っちゃま学校。
その、高等部。1年B組教室。窓際の最後列に岡波黒矢は座っていた。
いままで顔を突っ伏していた机から顔を上げた黒矢の前の席から、
一人の女子がその寝ぼけた顔をのぞき込んでくる。
怒ったような顔を見せた彼女に黒矢は控え気味にではあるが、聞いた。



「景華、今さっきのノート貸して?」

「イ・ヤ・よ」


にっこりと黒矢に死の宣告をした彼女は、関口景華。
黒矢の小学生からの幼馴染みで、調理部に入っている。


黒矢は今さきほど終わった授業時間を半分以上夢の世界で過ごしていた。
数学、黒矢は苦手だった。苦手な教科はとことん聞く気にならないのだ。


「酷いんだ〜、景華は俺の数学テスト赤点ギリギリでも良いんだ〜、景華のドS〜」


黒矢は景華に毒を吐きながらも、景華の鉄拳制裁をするりとかわし、
身を乗り出すとなんなく景華の机の上から数学のノートを奪い取った。

「まったく、あんたって…。まぁいいわ、明日には返しなさいよ」

仕方がない、と言った様子で景華は黒矢に許可した。
もっとも、許可される前にノートは黒矢の机の中だったが。
運の良かったことに、この数学が本日最後の授業だったので、 黒矢はHRが終わると、景華に別れを告げ、せっせかと部室へとむかっていた。



時は過ぎ。


水華学園の生徒も次々と部活を始める。
実は、この学園の自慢は学力だけではなく、部活動の強さもあった。
運動部は大多数の部が高総体でも優秀な成績を修めているし、
文化系もコンクールに大会と、トロフィーや賞状が溢れんばかりである。




さて黒矢の姿は、バスケットボール部の部室にあった。
制服を脱ぎ、長袖ジャージに着替えている。下は短パンだった。


手鏡を机の上に出し、少し長めの耳に掛かる髪をピンで留めていた。
部室には、黒矢の他にも数人が居た。


その中の一人が、黒矢の整った髪をくしゃり、とわしづかみにした。
黒矢よりもかなり背が高く、少々右に髪の寄った感があるヤツだ。


「黒矢、女じゃあるまいし毎日よくそんなことしてられんな」

「あァッッ!寛貴なにするんだよッ、せっかく綺麗になったのにぃ…」

情けない声を出し、また鏡をのぞき込んでは髪を直す。
寛貴はそれを見て笑った。つられて他の部員も笑った。


玉田寛貴。黒矢と同学年の実質バスケ部リーダーだ。
医者一家に生まれたエリート。


黒矢の想い人だったりも、する。

ほんの少し、目が合うだけでどきどきしてしまったり。
かなりの重傷者だ。


「んじゃ、俺は先に練習してっからな〜」

手をひらひらと振ると、寛貴は部室を出ていった。


黒矢は寛貴が出ていったのを確認すると、さっき寛貴が
触っていった自分の頭に両手を置いた。


ふ、とほんの少しのため息をつく。


「おい、お前もとことん乙女だな〜」

「んなっ!そんなんじゃねぇよっ!」


友達にいじられ、そうきりかえした。
でも、自分でも分かっていた。


こんな恋、叶うはずないのに。

想いなんて、抱いてはいけなかったのに、と。