3.
公立中学校に入学した黒矢は、最初こそ今まで経験したことのない
環境での生活に戸惑っていたがすぐに慣れて友達も出来た。
バスケ部にもきちんと入部した。
幸いにもその中学のバスケ部は毎年関東大会にも進むほどの実力だったために
黒矢の望む成長が期待できそうだった。
体験入部期間も終わり5月にもなると本格的に総体のレギュラーに選ばれようと
皆の練習も激しいものになっていた。
私立なら実力で選ばれるはずのレギュラーも公立では年功序列と聞いていた
黒矢は、レギュラーに選ばれたかった気持ちは山々だったのだがもう半ば諦めていた。
そんな最中、部の担当顧問は遂にレギュラーメンバーの発表をした。
部室に部員が集まった。
一部の3年生は、自分が選ばれるのが当たり前のように。
数人の2年生が自分の名が紡がれるのを待ち望むかのように。
顧問の淡々とした声に聞き入る。
黒矢はどこかで自分の名前が呼ばれることを期待していたのかもしれない。
だがやはり、黒矢の名は呼ばれることはなかった。
もう既に名前を呼ばれた上級生はほっとした表情だ。
が、最後の最後でどんでん返しが待っていた。
「…、最後に。準レギュラーとしてだが、岡波を加える。以上」
空気が凍り付いた。
部室内が異様な雰囲気に包まれた。
ひそひそと話す声に溢れ、レギュラー落ちした2・3年がちらちらと黒矢が見る。
黒矢は隅の方で膝を抱えて座っていたが、その姿勢のまま一瞬目を見開いた。
そしてそっと顔を上げる。周りの奇異な視線が自分に集まっていたのに気付いた。
顧問の付け加えた『解散』という無機質な声は誰の耳にも届いていなかった。
「…え?」
「おめでとう!岡波…!これから一緒にがんばろうな」
気付いたときにはレギュラー入りを果たした先輩が黒矢の周りに集まってきていた。
突然のことに少しの間はうろたえていた黒矢だったが状況を理解した頃には、
先輩達からも歓迎の言葉が出尽くしたようだった。
黒矢はどこか手荒い歓迎に嬉しさを覚えていた。
しかし、よく考えると今回レギュラーにはチームに必要最低限の人数しか選ばれていなかった。
準、が付いてもレギュラーはレギュラーに変わりないのだ。
自分などが他の先輩を差し置きレギュラーになっても良いのか。
少し経ってから、ふと、そんな疑問を抱いた。
あまりに心配になってしまって黒矢は同じくレギュラーになった先輩にその旨を伝えた。
「あぁ、大丈夫だろ。んな心配すんな!…大丈夫だろ」
黒矢はその先輩のなんとなく素っ気ない態度が何故か気になったが、
とりあえずその時は先輩の足手まといにならぬよう
今まで以上に練習することだけで思考は一杯だったからだ。
部は6月の地区大会で敵校を軽く一蹴してしまい、
黒矢の出番もなくあっという間に過ぎ去っていった。
それが過ぎて間もなく7月の頭には1学期の期末考査だった。
黒矢が私立小学校卒業という事実を知っている者は周りには居らず、
黒矢もまずまずの成績なのだろう、と勝手に想像していた者が多くいたようだった。
しかしその予想は大きく外れる事になる。
テストが終わった夏休み直前に廊下に張り出された学年優秀成績者のトップには
『岡波 黒矢 498/500』の文字があったのだ。
これには学年中が驚いていた。特に授業中発言を多くするわけでもなく、
おとなしめ、控えめに授業を受けていた黒矢だったが、この点数は逆に大きな誤算をしていた。
私立では6年卒業時既に中学3年生の内容まで終わらせていたのだ。
小学生の時は皆が皆、満点を狙ってくるのでこの程度の点数であれば
一桁の順位になるくらいで済んでいた。
なかなかテストのない退屈とも言える勉強のなかの久し振りのテストであり、
つい小学生時と同じ感覚で取り組んでしまったのだ。
この黒矢の高成績話は部に行っても随分早くにまわってしまった。
またもちやほや、とされることになってしまった。
それは、後々起こることに大きな影響を与えるというのに。
今となっては大きすぎた誤算だった。