5.






うっすらと、目の前が暗くなる。
身体を揺さぶられた。背中を軽く叩かれる。





「黒矢……?」


声に気付いて顔を上げて見れば、寛貴が居た。




「あれ?」



俺は部室で寝てしまっていたようだ。

あの記憶は、夢だったのだ。唯の、夢。思い出したくは無かったのに。
あんな酷いことをされた。その古傷は今も自分の心に残っている。
上から見下ろされたあの風景が恐ろしくて、背の高い男が苦手だ。
記憶の片隅に置いてきたはずなのに。時折思い出したように小さかった頃からの夢を見る。
自分の過ちを見つめ直させられる。忘れるな、と言うかのように。


それにしても練習が始まるというのに寝ていたなんて。
それで寛貴は心配して様子を見に来てくれたのだろう。


「練習始まるのにお前来ないから、龍暁が見てこいっていうからさ」



あぁ、来てくれたんだ。
寛貴が好きなだけに、心から嬉しさを感じずには居られなかった。



「お前、うなされてたぞ? …大丈夫か?」



「え…? 嘘…」


やばい。寛貴には何も知られちゃいけない。
あんな暗い、サイアクの過去は知られたら寛貴だけでなくまたみんなに捨てられる。
ひとりぼっちになる。




もう、嫌だ。そんなの。

一人なんて。

「なんか、あったのか?」

なんでもない。
 
そう、言わなければならないと思った。でも言えなかった。
掛けられた言葉があまりに優しすぎたから。


自分でも、酷く泣きそうな顔をして寛貴と向き合っているのは分かっている。
寛貴は不安そうに見つめてくる。

寛貴は、数年前俺に何があったかを聞いたら、幻滅する?
駄目だ。寛貴には何も、言えない。

「なんでも、ないよ」


それしか言えなかった。
駄目だ。今嫌われたら。拒絶の言葉を彼に、掛けられたら?
自分は、どうなってしまうのだろうか。
わからない。


笑ってるつもりなのに絶対上手く笑えてない。
得意なはずの作り笑いは、寛貴の前だけでは崩れ去ってしまう。


「……そうか。わかった」


寛貴は、一瞬酷く傷ついた顔をしてそう言った。



「練習、始まるから早く来いよ?」

寛貴が俺に言った。答えなければ、と思う。


「うん」

また、作り笑いした。
寛貴は背を向けて体育館へ向かおうとする。
俺はとっさに練習の用意をし出す。


「お前は、何時になれば俺に本当の姿を見せてくれるんだろうな」



扉が閉まる前に聞こえた言葉は、寛貴のものだった。

その言葉は俺の背筋を凍らせるモノだった。