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見たことのあるベッドと天井。確か1,2回はお世話になっただろうか。
だが。気付いたら保健室のベッドの上、はないだろう。
ひとまず大丈夫そうなので上半身を起こしてみる。
「あのぉ……、誰かいらっしゃいますか……?」
返事はない。運の悪いことに先生も誰もいないようだ。


――何故、あの時心臓は早鐘を打ち、倒れるまでにいたってしまったのか。
答えは非常に単純明快だ。
中学の頃に陵辱された時は決まって床に仰向けの姿勢のまま横にされることが多く、
抵抗しようと上を見上げれば、背の高い男の群れが自分を蔑んだ目で見下ろしてくる。
背の高い男。しかも誰かも分からないような人間の群れだ。
毎回のようにそんな目にあってきた俺にとっては、名前も知らない背の高い男、が苦手だった。
一種の対人恐怖症、とでも言うのだろうか。
例え目の前の男が一人であろうと、名前も知らない背の高い男、だったらもう我慢ならない。
さっきもそれで倒れてしまった。普通の先輩だったはずなのに、悪いことをした。
最近はそんなことも無くなっていたから、もう大丈夫だと思っていたのだが。
「っ……!」
そんなことを考えていたら、一瞬悪夢の光景が脳裏をかすめ、途端に吐き気がこみあげてくる
感覚を覚える。気持ち悪い。
瞬間的だったそれはすぐに治まったが本当にもどしてしまうんじゃないかと思ったほどの嫌悪感だった。
さっきまで回復していた意識がまた沈んでしまって、とりあえず楽になりたくて再度枕に頭を降ろした。
少しはそのまま天井を見上げていたが先程のことで仰向けが嫌になって、横向きになってみた。
こんなに弱々しい自分が嫌になって、思わずため息をつく。
どうせ誰もいないみたいだし気分も悪くなってしまったところだったから、しばらくベッドを借りることにした。


――――コンコン。


軽いノックの音がしたのはどれくらいの時間がたってからだろうか。近くに時計がないために、分からない。
「失礼しま……、先生? 居ないのか……」
聞こえてきた声に驚いた。寛貴だ。紛れもなく、彼の声。
何で寛貴が、保健室に居るんだろう。怪我したのだろうか。いや、でも彼は生徒会に入り浸っていたし、
バスケで怪我をした、なんてことじゃないとは思う。だったら、なんで……?
数歩歩く音がした。学校内で歩く為の上靴は少しばかり音が鳴る。
よくよく聞けば俺の居るベッドへと歩いている。
「黒矢……、起きてるか……?」
小さな声で聞かれたそれに、俺は起きていたのに答えることが出来なかった。
心臓はばくばくと大きな音を立てて俺の中で騒ぐ。
反応がなかったので俺がまだ寝ていると考えたのか、寛貴が閉じられていたカーテンを開けた。


「え……」
まさか俺が起きているとは思わなかったのだろう。
カーテンを開けて手を掛けたままで突っ立っている。
「……寛貴、どうしたの?」
俺は一瞬冷静を取り戻して問いかける。
まさか、まさかとは思うけれど俺の様子を見に来たのだろうか?
どうしよう、だとしたら本当に嬉しい。例え今どんな事情があって逢いたくはないとしても、
好きな人に心配されたら、それは嬉しいに決まっている。
「お前の様子を見に来たんだけど、寝てたんじゃ無かったのか」
やっと状況が理解できたようで、寛貴も俺に聞く。
少し前の仲良かった頃と変わらない声音で言葉を紡ぐ寛貴に、俺は少しだけ胸を撫で下ろした。
「ん、ついさっき目が覚めて。返事しなくてごめん」
ついさっき返事をしなかったことで寛貴を驚かせてしまった。
「いや、少し驚いただけだ。気にしないでくれ」
「うん、有り難う」
やっぱり、俺のためにわざわざ忙しい中に様子を見に来てくれたんだ。
寛貴の優しい気遣いに感動を覚える。
「…………」
暫く俺が感動の余韻に浸っていると、寛貴がカーテンの向こうからイスを持ってきて
ベッドの傍に置き、それに座った。
「いろいろ、お前と話したい事が沢山、あるんだ」
顔を上げて真剣な表情で寛貴は俺に言った。
覚悟を決めて、寛貴と向き合おう。そうしたら、もしかすると寛貴と恋人にはなれないけど
また友達として一緒に居られるかもしれない。
「俺も、寛貴と沢山話したいことがあるよ」
ベッドの中で上半身を起こしてから、寛貴に向き合った。





「聞いても、いいか?」
数秒の沈黙の後、寛貴が切り出し始める。
「…………」
俺は無言で肯定した。寛貴はそれをくみ取ったのか、続ける。
「さっき、生徒会の先輩をみて倒れたのはなんでだ? あの先輩と何かあったのか?」
――――来た。この質問。絶対来ないわけがない。
俺は深呼吸をして息を大きく吸うと、寛貴の方へと向き直った。
そして、運命を決める説明を、始めたのだ。
「……あの先輩は、直接は関係ないんだ」

悪いのは、俺の方だよ。寛貴、ごめんなさい。