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「俺は、一種の対人恐怖症なんだ。……最近は治まってたんだけど、
知らない背の高い男の人見るとすぐに、感情の起伏が激しくなったり、
動悸がしたり、過呼吸になったりしちゃうんだ」
俺は淡々と話し始めた。ずっと、俯いたまま。今の俺は寛貴の顔が見れない。
「小さい頃から身体弱くてね、ずっと女みたいな習い事してたら周りに馬鹿にされた。
何だかそれが俺の親を馬鹿にしてるみたいに聞こえて、悔しくて仕方がなかったんだ。」
寛貴は黙って聞いてくれた。もしここで何か言葉を挟まれたら、俺はきっとその次の言葉が出ない。
「俺、小学校は水華の小等部だったんだ。身体強くしたくって、バスケ始めたんだけど、私立通ってたら、
 周りはなんも変わんなかった。んでさ、中学校は、公立の方に行くことにした。そっちでバスケしよう、って」


フラッシュバックする。惨烈な光景。上級生、一緒になって陵辱に参加する同級生。
続けざまに後ろ手に縛られて痕が消えない手首。顔にかけられた生臭い白濁の匂い。
普通じゃない、狂った目をした人間に囲まれる自分。


「うっ……」
脳裏を掠めたその光景に気持ち悪さを覚えて嘔吐しそうになる。
思わず手を口元に持っていって俯く。
「どうした? 大丈夫か、黒矢」
寛貴も心配して倒れそうになった俺の身体を支えてくれる。
安心感が込み上げてきて、なんとか嘔吐感も治まりそうだ。
「大丈夫。ありがとう、寛貴」
「今、喋りたくないなら無理に話さなくても……」
「……今、話したいんだ。寛貴に」
寛貴は俺に心配そうな視線をよこす。俺は大丈夫、と繰り返して寛貴の眼を見る。
「……分かった。続けてくれ」

俺は続けた。
「中学でもバスケ部に入って、それまでもバスケずっとやってたし、すぐレギュラー、選ばれたんだ」
あの時の嬉しさは、つかの間の物だった。レギュラーの先輩も俺を助けてくれなかったんだ。
唇をぎゅっと噛み締める。どんなに辛くても今はやめちゃけない。
「でも、それでレギュラーを俺に取られた先輩の反感かっちゃって、総体終わった頃呼び出されて……」
言う。言ってしまえ、俺。これでどんな結果になったって、後悔はしないと決めたのだから。


「その時から、毎日のように、…………陵辱、された」


言い切ってしまった瞬間、ぽろぽろと涙が零れた。
今、終わってしまったんだ。俺の恋も。絶対終わった。
もう、此処には居られないかもしれない。寛貴に言ってしまったのだ。
一番、大切な人だから、伝えたくなかったのに。伝えなきゃいけなかった。

伝えたくはなかったけど、これからも寛貴を騙して居続けることはできなかっただろうから、もういいんだ。
寛貴は、まだ言葉を口にしない。
下を向いたままだ。きっと、俺のこと知ったから、俺の顔を見るのも嫌なんだ。
そう思ったら、また涙が零れた。もう無気力で零れ続ける涙を止めることも拭うことすらも、出来ない。
眼をあけて何かを見ていることも嫌になって瞳を閉じる。両手で顔を覆う。
ごめんなさい、さくら姉ぇ、景華、それに龍暁に颯輝。俺は、失恋したんだ。




「黒矢……」
寛貴が言葉を発した。優しい声色で。俺にはそれがまるで俺をすくってくれる天の声に聞こえる。
やめて欲しい。救われることなんてもうありえないから、そんなに優しい声で、俺の名前を呼っ……!!

周りが暗くなる。てのひらの隙間から漏れ見えていた光が無くなる。
一瞬にして変わった視界に驚いていると、身体が緩く締め付けられる。
ようやく気付いた。……俺は今、抱きしめられてる?
「黒矢、俺もお前に言わなきゃ……、いや、俺が言いたい事があるんだ」
寛貴はそう言うとますます強く俺を抱きしめて、その長い腕の中に収めた。
「このまま、聞いてほしいんだけど、嫌か?」
それは、俺をまだ抱きしめ続ける、ってこと? 俺の心臓は既にもう高鳴って喉から出てきそうだ。
「聞く……。聞かせて、欲しい」
もう、半ば虚ろになっている眼を閉じつつ俺は寛貴に告げる。夢なら、醒めないでほしい。
顔を覆っていた両手を、俺はいつの間にか胸のところで祈るようにしてぎゅっと握っていた。
「俺は、ずっとお前が何か俺に、俺だけじゃなく皆に隠してる事があるんじゃないか、ってなんとなくだけど気付いてたんだ。
でも、もしそれが俺たちと一緒に居られない、とか拒否の言葉だったらどうしよう、って危惧してた」
寛貴は俺の頭の上で続ける。優しい、声色。
「でも俺は、何でこんなに拒否されることを恐れて居るんだろうって思った。その時に、違うことに気付いたよ。」
寛貴は俺を抱きしめていた腕をするりと外し、俺の顔の輪郭を長い指でなぞって。
顔を上に、寛貴のほうに向けさせる。


「さっきの話を聞いて尚更思った。お前を守りたいんだ。もうお前に悲しかったり、辛かったりする気持ちを
 抱かせたくないんだ。それだけじゃない。俺は、お前が俺だけのものになってくれたら、とか、俺のそばに
 ずっといて欲しいと思った。」
言葉が、寛貴の口から紡がれる。



「黒矢、好きだ。好きなんだ。もうお前を泣かせたくない。俺が全部お前の悲しみの涙を拭うよ。
 お前は、嬉しさに溢れた涙だけ、流してくれれば良いんだ。」



あぁ、なんでこんな幸せ。俺は、今寛貴に愛されてるなんて。
今まで諦めていたことが叶ってしまったなんて。
嬉しさに涙が込み上げて、俺は抑えることが出来なかった。
信じられないことが多すぎたんだ。あんな酷い過去を告白してまで、寛貴の傍にいることも。